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アズールとアスマール / ミッシェル・オスロ監督(2006) [感想文:映画]


アズールとアスマール

 映画に何を返せばいいでしょう。画面から溢れて、押し寄せてくるものに、贈り物への返礼という意味で、何をもってお返しすればいいのでしょう。千八百円では、何か迂遠過ぎるような気がします。他人に勧めて観客を増やしたところで、的外れな事をやっているようです。レヴューを書いても、己の稚拙さのために、さらに霧を深めるばかり。ただ、スクリーンだけが輝き、何かが増え続けて閾を越え、押し寄せ、渦巻くのです。

 この映画「アズールとアスマール」にも、その始まりから、絶え間なく溢れ出てくるものがあります。それは、まず背景です。しかし、それを背景と指さす暇もありません。花々の笑いが瞬く間に画面を覆います。珍しい飾り紐のような椰子の森。香りの渦が、そのまま色彩の宴となったような市場。乳母ジェナヌの家を彩るアラベスクは、息をつくのがはばかれる気さえします。一方、シャムスサバ姫の宮殿の装飾は、微細を極め、眩暈そのものが物となっているようです。ジンの妖精の宮殿は、物語の大団円を容れるのにふさわしく、ラピスラズリとトルコ石の色合いで描かれた壮麗なアラベスクが、どこまでも枝わかれする細密と無限に広がる空間を、一つの形に織りなし、同時に目に見えるものにしてくれます。この過剰な背景は、青い瞳・金髪のアズールと黒い瞳・黒髪のアスマールが、囚われのジンの妖精を救い出す冒険譚に沿って現れます。

 が、その物語の枠組は軽々と乗り越えられて、別の旋律が歌いだします。それは、異文化間の理解を妨げる偏見についての寓話です。アスマールの国の「青い瞳は不吉」という迷信のために、アズールは唾を吐かれ、石を投げられます。いわれのない拒絶に対して、アズールは、アスマールの国を「醜い国」と断じ、盲目のふりをして青い瞳を隠します。それは、同時にアスマールの国を見ること=理解することに対する拒否でもあります。アズールが海辺で偏見に出会うように、偏見や迷信は心理的な境界に位置し、その先には薄暗い大洋が広がっているため、そこに近づくものは、原初的な、荒々しい拒絶を受けてしまうのです。そして拒絶に対する拒絶が生まれ、アズールの目は閉じられ、理解の道は閉ざされます。

 盲目のふりをしたアズールに近づく者がいます。クラプーです。複雑な魅力的な人物で、ジンの妖精の話に導かれて海を渡り、青い目を隠し、よそ者として物乞いをして生きています。クラプーはアスマールの国を評して、ことごとく否定型で表現します。曰く、「金貨もない」「灰色もない」「鐘もない」等々。そして唾を吐きます。このクラプーの言動は、異なった文化に対する人のアンビバレントな態度を的確に戯画化しています。

 こうして、アズールは貴族の子でしたが、アスマールの国では盲目の物乞いになります。このような転置と対照が他にも見られます。海辺では貧しく、汚い国と思われたのが、内陸では大変に栄え、豊かな国でもあります。さらに、ジェナヌは、アズールの父のもとを無一物で、アスマールと共に追い払われますが、故国では大変な金持ちになります。つまり社会的な地位と貧富が転置し、対照されて表現されています。これらが転置可能であるのは、どこにでも存在する普遍的な問題であるからで、社会の構造にその起源を持つからです。

 さて、目を閉じたアズールは、香りと声によって懐かしいジェナヌに出会うことができます。受け容れる感覚である鼻と耳によって、目を開くに至るのです。アズールの青い瞳が再び開かれ、それにジェナヌが後ずさりするという、アラベスクの文様の交点のようなシーンに胸を打たれます。ここから、一緒に育ったアズールとアスマールの和解への道が開けるので、感覚による受容=目を開くことが、異なるものの理解への端緒だと読み換えることができるでしょう。

 その端緒に至るまで、そして大団円に至るまでにアズールが行ったことは、「運ぶこと」でした。ジェナヌに出会うまではクラプーを担ぎ、ジンの妖精の宮殿に至るまでは傷ついたアスマールを運びます。これは、翻訳の寓話です。翻訳(traduction)とは、別の場所へと運ぶ(duction)ことだからです。始めは、アズールの国の言葉を話す者(クラプー)をアスマールの国の中へ、次に、死にかけたアスマールを救い出すために、と翻訳の往還が行われます。

 最後に、ジンの妖精の宮殿では、贈り物と混交の象徴を見ることができます。ジンとエルフは自らを与えるので贈り物であり、青い瞳・金髪と黒い瞳・黒髪の組み合わせで混交が表されています。理解と和解のたどり着くところが贈与と混交であるとは、なんと過剰な結末でしょう。感覚による受容から、翻訳を通じて、贈与と混交へ。

 かくして、この溢れ続ける映画は幕を閉じ、それに何を返せば良いのか、陶然と自問が続いているのです。


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