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「紙の動物園」ケン・リュウ / 古沢嘉通 編・訳 [感想文:小説]

 新鋭SF作家の日本オリジナル短編集だそうだ。力量と豊かさを見せてくれる多彩な良編が選ばれていて、翻訳者の愛が伝わってくる。
一読激震の傑作があるわけではない。使い捨てのセンス・オブ・ワンダーがつめこまれているわけでもない。憂愁の色合いが遠くに望まれるような、内省的な抒情の作風だ。
 中国生れの作家なので、中国とアジア圏の歴史、社会、文化を取り込むところもあり、それが目新しく、興味深い。台湾の二・二八大虐殺事件が物語の背景に取り上げられていたりして、教えられ、考えさせられる。「中国人は長いこと、語って聞かせられるような幸せな話を持っておらんのだ」(「文字占い師」)
日本という社会・文化も相対化されて作品中に登場する。「もののあはれ」では危機に際した日本人の行動が主題だ。東日本大震災における被災地の人々の行動は余程印象が強かったと見え、この作品でもその影響を読むことができる。また、歴史改変SFである「太平洋横断海底トンネル小史」では、日本とアメリカが開戦せず、太平洋戦争が起こらなかった世界、第二次世界大戦がない世界が描かれる。
 そして、この作者の関心はどうやら言葉と文字(漢字)にあるらしい。「結縄」「選抜宇宙種族の本づくり習性」「文字占い師」の三編で言葉と文字がテーマになっている。「結縄」では縄の結び目を文字とする民族が登場する。作者の創作による架空の民族と文字だが、それがアッというアイデアに結びつけられている。苦い結末も好ましい。「選抜宇宙種族の本づくり習性」は異星の生命体が作る「本」のカタログだ。「だれもが本をつくる」が、その「本」の奇想天外な変奏が刺激的。「文字占い師」は、前述した台湾の二・二六事件を背景に、文字占いをする男が受ける社会の暴力と過酷な運命が語られる。「"日本"や"中国"は存在していない。それらは単なる言葉だ。」という思想は繰り返し語られてきているのだろうが、ケン・リュウはそれを自分の言葉で語ろうとしている。
言葉と文字というテーマは当然、コミュニケーションというテーマへも深化している。「1ビットのエラー」は信仰というコミュニケーションについて、「愛のアルゴリズム」はコミュニケーションの本質に存在するパラドックスについて、厚みのあるイメージを彫琢している。「月へ」は亡命者と難民認定のために働く弁護士とのコミュニケーションが筋になっている。特に「紙の動物園」は、母親と息子のコミュニケーションを哀切に描いていて迫るものがある。
 これ以外の作品はもう少しSF寄りかもしれない。「円弧」と「波」は不死を扱ったポスト・ヒューマンSFと言えるだろう。「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」はサイバー・スペースへ移住してしまった人類の話。「良い狩りを」はちょっと風変りな角度からやってくるスチーム・パンクSFだ。華麗とは言い難いが、物語後半のあれよあれよという感じが面白い。

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