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「泰平ヨンの未来学会議」スタニスワフ・レム / 深見弾・大野典広 訳 [感想文:小説]

 「ソラリス」の作者レムには泰平ヨンが主人公のシリーズがある。「泰平ヨン」とかいうダジャレ的なセンスが嫌いだった。「泰平」という字面は今も嫌いだ。そんな偏見で、こんなに面白い本を読まずにいたわけだ。
 主人公の泰平ヨンはコスタリカで開かれる未来学会議に参加する。その会議のテーマは、破滅的に人口激増した世界とその増加の阻止だ。この人口増加による危機というやつは、原著が書かれた頃(1971年刊)には良く言われたものだったように思う。近頃なら地球温暖化になるのだろう。さて、ヨンが会議に参加する理由がよく分らないというのっけからカオスが突っ走るが、テロ事件が起きてあっと言う間に氾濫する。軍部の出動、薬物爆弾という問題外の鎮圧戦術でヨンはメロメロ。ひっちゃかめっちゃかの挙句に冷凍保存され、未来で解凍される。未来は薬物まみれ、現実崩壊大パレードの、キ印世界。この途方もない阿呆くさい出鱈目の描写がこの小説のキモだ。
 この未来世界は言葉が変化して、言葉遊びの悪ふざけが度を越したようになっている。野生の鳥や動物は姿を消してしまった。再生医療が発達して、死体も蘇生可能になった。全面軍縮が達成されている。コンピュータとロボットが社会の至るところに進出しているが、知性という内面的自由を持ったコンピュータたちは考えられうる限りの逸脱をしている。要するに仕事をしない。そして何より、この未来世界では精神化学が鍵となっており、ありとあらゆる状況に適した薬物(薬名のダジャレが物凄い)を適切に服用することで人々は幸福な社会生活を営んでいる。ように見える。しかし、実のところは……と、暗鬱というよりはスラップスティック、不安感というよりは猛烈な空転感がぶちまけられ、引っくり返って、思ってた通りのオチになる。まあオチは、一応つけときましたくらいの感じだ。
 この小説は、薬づけの社会という現実批判を通り越して、どうやら読むドラッグに近い。ここで体験できるのは薬物による全体主義的社会という、肌が粟立つ幻覚だ。ブラックユーモアなどというお行儀のいいものではない。意地悪になってニヤニヤしながら読むべき小説だ。傑作。

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