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「この世界の片隅に」片渕須直監督 [感想文:映画]

 こうの史代の漫画「この世界の片隅に」を原作としたアニメーション。戦前1930年代から終戦後まで、広島に生まれ、呉の軍港を見下ろす家に嫁いだ「すず」の生活が描かれる。
当然その生活は、戦争という巨大な暴力にさらされ、覆われ、押し拉がれる。どこからその悪意がやって来るのか。誰も語らない。ただ、ひしひしと迫り、切り裂くように現われ、すべてを塗り替えてしまう。すずの片隅の生活のすべてを。
 青々とした空のもとで営まれる片隅の生活。ぼんやりとした子で絵を描くことが好きだったすず。そのすずの手元を肩越しに覗きこむようなまなざしで、景色、街の風景、身の回りの品々、人々の振舞いがこまごまと注意深く描かれる。軍港の軍艦でさえも。それらは、戦争によって失われ、さらに記憶からも失われたものたち、人たち。それらを呼び戻そうとするこのまなざしは、祈り以外の何ものでもない。この映画の祈りは、はるか遠くにまで届いている。
 その祈りの届く先には、何があるか。それは、すずと共に笑うこと。驚くこと。泣き、縋ること。喜び、見つめること。すずが味わった世界。たとえば、軍港を見下ろす斜面にある北條家(すずの嫁ぎ先)と坂の描写が楽しい。方言がいつまでも耳を洗ってくれる。広島に原爆が投下された時、呉の北條家でも、閃光が届き、家ががたがたと揺れる。その底の無い恐ろしさ。すずと同級生・水原の気持の交錯がむず痒いほど精緻だ。
 この映画は、誰もが片隅に生きていることを教えてくれる。その片隅の憎たらしさと、愛らしさとを。小ささと、輝きを。この映画を見て泣くのはやめよう。これは最後まで、目を見開き、味わいつくすべき映画なのだ。

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