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レイクサイド マーダーケース / 青山真治監督(2004) [感想文:映画]


レイクサイド マーダーケース

 煙草の吸殻が消えるシークェンスがある。これをどう捉えるか。コンティニュイティーの綻びと見るか、意図的と見るか。
そのシークェンスとは、こうだ。夜更け、高階英理子(眞野裕子)の死体を隠滅するため、藤間(柄本明)、並木(役所広司)、関谷(鶴見辰吾)の三人は湖にやって来る。死体の指紋を焼き、顔を潰してから、藤間と並木はボートで英理子の死体を湖に沈める。その間、関谷は見張りを兼ねて、乗ってきた自動車の側で二人を待つ。肩をすぼめて待つ関谷が映される。ボートが戻り、関谷が迎えに行くと、低いアングルで、車のタイヤと関谷が吸ったと思しき煙草の吸殻が映る。ボートを岸に上げるシーン、そして戻ってくる三人が同じアングルでタイヤの側からとらえられるが、そこには、ついさっき映った吸殻が無いのである。これを、コンティニュイティーを作り損ねたと見るか、意図的に構成されたシークェンスと見るか。未だに自信を持てないが、とりあえず以下は、吸殻の消失を意図的なものとした視点からの解釈だ。

 吸殻が消えるという表現が意図的なら、それは恐らく、死体の隠滅を隠喩している。並木が湖に落とすライターを死体との吸殻の間に置いてみると、煙草の上に置かれたライターのカットがあるので、それがよく分かる。死体にまつわるイメージは、他にもある。冒頭の、グラビア撮影のシーン。水に浮かんで見えるモデルの女性は、湖に捨てられる死体のイメージだろう。しかも、それを高階英理子が撮影している。また、中学受験の親子面談の練習シーン。蝶が部屋に迷い込んできて、それを三人の子供がそれぞれ目で追い、床にとまった蝶を一人がスリッパを履いた足で踏み潰す。その踵を上げると、蝶の体液が糸を引く。これは、別荘の居間に置かれた英理子の死体を持ち上げる時に、死体の血が床に糸を引くのと対応している。そこから、英理子を殺害した人物の暗示を引き出すことも可能だ。

 しかし、犯人探しはこの映画の意図するところでは無いらしい。暗示があるにしても、殺人の主体については最後まで抽象的な言及にとどまる。殺人がなされたと言う現在(死体)を隠そうとする人々を見つめることがその主題なのだろう。では、誰がその隠蔽を実行するかというと、中学受験を控えた子を持つ親たち6人の集団である。その目的は、子供の将来のため。子供の将来のために親が現在に働きかける、という行動は実に真っ当だ。しかし、この親たちのやることは、おかしい。おかしなことを淡々とこなしていく。そこには、暴発しそうな硬直感が漲っている。このあたりの感触を柄本明の演技が体現している。また、6人の間に共有される奇妙な硬直感は、たたずむ人々の空間によって見事に描写されている。

 死体を淡々と隠すのをおかしいと感じるのは、この集団の外側の論理で判断しているからだ。外側の論理をスクリーンの中に適用させる媒介役が、役所広司の演じる並木である。並木は美菜子(薬師丸ひろ子)との夫婦関係に破綻をきたしかけていて、英理子とは愛人関係にある。また、娘の舞華(牧野有紗)は美菜子の連れ子であり、並木との直接の血縁関係はなく、並木は子を持つ親たちの外側に位置している。その並木は、しかし、親たちの集団の論理に飲み込まれていく。

 この親たちの集団が何故おかしな方向へ動くかというと、子供の将来のためという論理を外側の論理より上位においているからだ。親−子は個人に関係するが、そこから生まれる規範を共有する者が集団を形成し、その集団の論理が外側の論理より上位に置かれる。これはまったく普遍的な図式ではないか。では、普遍的な図式がおかしな結果をもたらすことになる。つまり、子供を持つ親は誰でも、死体を隠蔽しかねないということになる。さらに言えば、子のためと言う論理を、未来のため現在を改変すると抽象化すれば、子を持つ親でなくても、誰でも死体を隠蔽しかねないのだ。あるいは、隠蔽するだけでなく、殺人そのものをおかしかねない。この観察は、映画の中の殺人の動機として示唆されている。邪魔になったから殺したのでは、と。これは不気味だ。衝動的な殺人者だけではなく、計画的な殺人者も我々の隣人なのだから。未来に対峙する人の振る舞いが倫理を犯すのか。湖水のようにひたひたと不気味さが迫る。未来のイメージを垣間見る美菜子を襲う恐怖も、このことを暗示しているようである。

 さて、この映画は、この解釈を最後まで支えてはくれない。支えているのかもしれないが、そのラストの処理に、こちらが導きの糸を手放してしまう。それで、吸殻の消失の位置づけに迷ってしまうのだ。では、一体どんなラストが用意されれば満足かと問われるなら、イメージの力を使った構成の結果としては、このラストを肯定すべきなのだろう。それにしても、と思ってしまったのが正直な感想だ。


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コメント 3

Sho

今晩は。眠れずに起きてきました。
この作品は、観よう観ようと思いつつ未見です。でも、ymineさんの記事を拝読し、近いうちに観ようと思いました。
by Sho (2007-08-20 22:40) 

ymine

Shoさん
遅くなりました。niceとコメント、ほんとにありがとうございます。とてもうれしく思っております。
by ymine (2007-08-21 22:12) 

Sho

わあ!ymineさんのお言葉が読めた!!(笑)
こちらこそ、いつもありがとうございます。

昨日は、たいへんに心強く、又暖かなコメントを、本当にどうもありがとうございました。お陰さまで今日は出社しました。
by Sho (2007-08-21 23:49) 

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