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「皆勤の徒」酉島伝法 著 [感想文:小説]

 2011年第二回創元SF短編賞を受賞した表題作「皆勤の徒」を冒頭に置く、連作短編集。変貌し果てた遠未来の世界とその歴史が描かれる。
その未来史は、奇怪な語彙で織られている。イメージを封じこめた、軟質のカプセルのような言葉。行間に異形の世界が見える。想像を超えたと言うのも生ぬるい。バイオテクノロジーとコンピュータが、不可解な姿態で結婚し、変位し、浸透し合い、繁茂している。
この作品は、固まった思考回路を融解させ、未開の地平を垣間見させるに充分な想像空間を描き切っている。
未来史の「見取り図」については、大森望氏が解説を書いているので、読後に確認したほうがよい。驚愕の読書体験の後で、さらに驚かされるだろう。大森氏の親切な解説が、朦朧としていた理解に光を与えてくれる。私はその解説を頼りに読み返した。
 さて、その奇怪な語彙群を少し引いておこう。
例えば、「胞人(ほうじん)」「媒収(ばいしゅう)」「隷重類(れいちょうるい)」「屠流々(とるる)」「辛櫃鱓(からびつうつぼ)」「社長」「念菌(ねんきん)」「皿管(けっかんもどき)」「外回りの営業」「取締役」「冥棘(めいし)」。ごつごつとした造語の合間に会社組織にまつわる言葉が嵌めこまれている。隠喩と言うには、あまりにも隔絶している。しかし、断絶しているわけではない。干涸びた残滓のように似姿が漂っていて、それが薄明じみたユーモアと、時の河の幅を感じさせてくれる。
同じく「埜衾(のぶすま)」「素形(すがた)」「地漿(ちしょう)」「社之長(やしろのおさ)」「百々似(ももんじ)」「穢褥(えじょく)」「腫瘤(しゅりゅう)に覆われた脳状の塊(かたまり)、喇叭形の無鱗魚(むりんぎょ)、眼球を実らせた螺旋海綿——複数の口腕(こうわん)をたなびかせる象皮の無肢熊(むしぐま)、無数の背触鬚(はいしょくしゅ)を振動させる鱏(えい)、櫛状触角を八方に花開かせる半索動物、疑似餌(ぎじえ)の腸鰓(ちょうし)類に襲われる変色甲虫——(中略)——三葉虫(さんようちゅう)に象(かたど)られた木菟(みみずく)、絛虫(じょうちゅう)の阿弥陀籤(あみだくじ)、繁茂した臓物(ぞうもつ)の雲、疣足(いぼあし)を蠢(うごめ)かす水蝉(みずぜみ)」。
これだけではない。これらはまだまだ一部分だ。
作者の造語の追求は、全編で低減することなく持続し、徹底している。シュールレアリストの詩がもたらすことのある、絢爛としたイメージの火花とは毛色が違っているが、作者独自の味があって、唖然とさせられつつ、賛嘆する。
この味を名指しするのは難しいが、幸いなことには、作者自身による挿画が収められていて、それが幻惑しつつも手助けしてくれる。例えば、稠密な朦朧の異形とでも呼んだらいいのだろうか。そこにはエルンスト・フックスの遠い谺を見て取れそうなものもある。
 大森氏は解説で本作を、「”ポストヒューマン(人間以後)”の未来像を真正面から」描いたと評している。それに加えて言うなら、本作において我々は、人間以後の、エキサイティングな物(オブジェ)の世界に出会うことができるのである。

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