SSブログ

祖母と孫娘〈十一〉 [小さな話]

〈十一〉

 真子はシーツを裂くと、それで鉈を巻いた。何の役に立つか心許なかったが、それでも気だけは休まるようだったのだ。足の自由がきかず、年も取った自分に、あの時のような恐しい真似ができるとは思えなかった。「お守り代りたい。」そう呟くと、鉈を膝の上に置いた。
 さっきから、建物全体に低い軋みが轟いている。何か様子が変わったようだった。こういう時は急がないと大変なことになりそう、と思ったものの、一人ではどうしようもない。吉野を待つしかなかった。
廊下を通りすぎる笑い声が聞こえる。病院全体が避難するなんて、どこか遠い所で起きている事に思える。ましてや、真子が恐れているものなど、自分にしか見えない妄想なのではないだろうか。いや、見えてすらいない。恐怖の実体は、まだ姿を現わしていない。老婆の妄想。(ということは、ボケが始まったとばい。)真子は少しだけ笑った。
 次に真子の心を占めたのは、孫の水希の心配だった。怪我の手当に行ってから、もう三十分以上は経つ。お腹も空いているだろうに、どうしたろうか、と心配した。(あの子は、私に似ている。あの子の方が美人やけど、性格は近しいものを感じるとよ。あの子がしゃべっているところは、まるで高校生の自分がしゃべっているのを見とるようやもんね。でも、違うところもある。あの子の方が、明るいし、洗練されとるよ。何よりも違うのは、あの事件に会っとらんということ。)あれ以来、自分の生活は変ったのだ、と真子は思った。では、あの事件がなかったら、その後の自分の人生は今と違っていたのだろうか。それは想像もつかない。今さら考えたところでどうしようもない。昏い荒野をとぼとぼ一人歩くイメージは変りないという気がする。何かが起こるという予感すら同じなのではないだろうか。あの事件がなかったとしたら、何が起きるというのだろう。それでも起きるのだ。確かに起きるのだ。死という出来事が起きるのだ。その死は、夫を真子から奪った。やがて、自分のとぼとぼ歩きにも終止符が打たれ、自分もこの世界から奪われてしまうのだろう。この出来事は残念なことに水希にもやって来る。(でも、水希ちゃん。あなたには時間がたっぷりある。まだまだ先の話し。それまでは、思う存分楽しむことたいね。)
 人の気配がして、入口を見ると、車椅子を押した吉野が笑いながら入ってきた。

続きを読む


祖母と孫娘〈十〉 [小さな話]

〈十〉

 窓の外は、藍色を濃くしている。松葉杖でなんとか立ちあがり、さんざん苦労して窓辺に近づいた真子は、向うにある病棟の廊下を見ていた。館内放送の後、廊下を右往左往する人の数が増えている。避難が始まっているのだ。それでも、それほど沢山の入院患者がいるわけではないので、どこかのんびりした感じが漂っていた。
若い医者が、カルテのようなファイルを腕一杯に抱えて行く。患者が患者の車椅子を押して通る。ダンボール箱を抱え、上体が少し後ろに反った看護師の口がぱくぱくと動く。「失礼します。」と言っているのだろう。その看護師は車椅子を追い越して行った。車椅子の人たちも退場し、そして、人の姿が一時絶える。
宵闇の毒が深まっていく空を背景に、病棟の廊下は、出演者を待つ舞台に似て、騒がしそうに浮き上がって見えながら、物悲しさが漂っていた。
その光の加減に真子は、夫が使っていた寝室の目覚し時計を思い出した。それは、横にした百科事典の一巻のような目覚まし時計で、電気で動く機械式だった。前面に窓があり、そこから数字の描いてある小さな板が見えていた。その板は、歯車で回転する軸にぐるりと取りつけてあって、ロロデックスのように、軸が回転すると奥から迫り上がって来た板がぱたぱたと倒れて、時間を表わす数字が変るようになっていた。その窓は、暗闇でも時間が読めるように小さな橙色の照明がつき、それが仕掛け人形の舞台を覗きこんでいる気分にさせるのであった。夫はその目覚し時計を寝室の枕元に置いて、四十年は使っていた。夫が勤めている間は、真子もその時計を使っていた。明け方一度目を覚まし、頭を持ちあげ時計の数字を見て、まだ起き上がるまでには時間があることを確かめたことが何度もある。あと一時間と思いながら枕に頭を戻すと、夫の体温がふんわりと首に感じられたものだった。
そんな細かいことを今さら何故思い出しているのだろうかと、注意が病棟の廊下から逸れると、ガラス窓に自分の口元が映っているのに気がつく。目鼻は見えない。多分、泣き腫した顔をしているのだろう。水希に見られたら、何と言おうか。
久し振りに泣いた。泣くと、その後、心の表面が天鵞絨になったような気がする。
夫が死んでから、泣けば負けだ、と思い続けてきた。一度泣いてしまったら、それこそ涙に溺れ、心棒がはずれてぐにゃぐにゃになると思っていた。しかし、意外にあっさり涙は止まったし、弱りこんだ気はしていない。やはり二年という歳月が瘡蓋をつくったのかもしれない。それでも、何かがぷつりと途切れた感じは否めなかった。何が途切れたのだろう。それを上手く言葉にすることはできなかったが、真子の生活を危うくひとつに纏めている袋のあちらこちらに穴が開いて、そこから真子自身がちょろちょろと流れ出しているような気分だった。
昏い荒野をとぼとぼと歩き続けるイメージはそのままだ。だが今では、身を切るような痛みは感じず、それよりも、離れた場所から見ている出来事だと思ってしまう。
松葉杖で体を支えていることに疲れて、真子はベッドに戻ろうと向きを変えた。すると水希が持ってきた紙袋が目に入り、見覚えがある木の柄に気がついた。ベッドの縁に腰かけると、松葉杖の先に紙袋の手提げ紐をひっかけて引き寄せた。中に入っていたのは、真子の父が使っていた鉈だった。水希に片付けてくれと頼んだのは覚えているが、持ってきてくれとは言ってない。新聞紙でくるんであった刃の部分に、固まった血が大量についている。(野犬の血だ。)真子は直感した。孫娘は、野犬に襲われたと言っていたが、どうやって切り抜けてきたかを詳しくは話していなかった。鉈にこれだけの血がついているということは、彼女はこの鉈で野犬を殺して危地を脱したのだ。水希がその鉈をここまで、真子のところへまで持ってきた理由も、真子は彼方を見通すように理解した。何故なら、この鉈は、小松秋男の体に切り付けられ、あの男の血を吸った刃なのだから。孫娘自身はそれを知りはしないのだろうけれど。
すべてが、ある一点に向かって集まりつつある。それが今始まっている。一番不思議なのは、こんな平凡な女である自分に、異様な出来事に対する予感があるということだった。しかし、五十年以上の間、あの、昏い荒野を歩き続ける一人きりのイメージに、常に寄り添っていたのは、あるいは音楽のように背景に鳴り響いていたのは、これがいつか起るという予感だったのだ。

続きを読む


祖母と孫娘〈九〉 [小さな話]

〈九〉

 病院が揺れるのが見えた。
そう思った時水希は、自分を取り戻した。いつの間にか深津市立総合病院の門前に立っている。首が垂れるほどの疲れを感じる。左手には紙袋とバッグをぶらさげていて、紙袋の中にはかなり太い木の柄の先を細長く新聞紙でくるんだものが入っている。
どうやってここまで来たのか、記憶がはっきりしない。祖母の頼みで木裏町の家へ行って、掃除をしていたら野犬の群れに…、そこまで記憶をたどると、すぐ近くに犬の熱い息が感じられたような気がして、水希はびくんとした。四方を犬の狂った吠え声で囲まれ、二頭の兇暴な野犬に襲われた恐怖がまざまざと甦る。膝がこまかく震えて、今この場に座りこみそうだった。野犬の鋭い牙の恐しさもさることながら、犬達と対峙して自分が取った行動の凄まじさが胃を収縮させ、目の前が暗くなってくる気がした。その後の記憶がぼんやりしている。自分が何をして、どうやって祖母の家を出、列車に乗り、駅から病院まで来たのか、細かく思い出すことができない。その間は、まるでビデオカメラのスイッチが切られて、省略されてしまったようだった。
 あたりは、夕暮れがあるということをようやく思い出して、病院の外壁にそそぐ夏の光が色調を橙色に変えだしていた。
この病院の外観は、病院であることを隠したがっている。全館平屋で、その上、高さを強調しないデザインが採られているし、窓という窓が壁に埋まり込んで、自ら塞がろうとしているように見える。戦前に建てられたせいか、細部は重々しく、必要以上に頑丈な感じだ。車寄せ周りの植え込みや、門扉の左右に立つ樹の影は深い。そのため、病院の敷地が外から隔絶されている印象を与える。一方で、建物の近くには、樹に嫌われて緑がなく、そのせいで病院が横に平べったくだだ広いのがすぐに見てとれる。
まるで、コンクリートでできた、冗談のように大きい蓋だ、と水希は思った。
その馬鹿でかい蓋と十六歳の女の子が向いあっていた。
女の子は疲れた様子で、一見異様な身なりをしている。シャツチュニックのあちらこちらに血の跡が、茶色の染みを広げていた。後ろは、大きく裂けたのをとりあえず繕ってあった。右腕にタオルを縛りつけて止血しているのだが、ようやく止まったようで、滲んだ血の色がまだ生々しい。頬や手足など、外から見える体の各所が傷だらけだ。肩までの髪は、汗と埃をシャワーで流したようには見えるけれども、もつれて乱れ、ばさりと目にかかって、整っているとは言い難い。何事か、只ならぬ災難がこの少女の身に起ったのは誰の目にも明らかだった。しかし、少女のまなざし、己の身なりに気が廻っていない、強く黒い瞳が、他人のおせっかいを寄せつけず、それでそんな格好のままここまでたどり着くことができたらしい。
女の子、つまり十六歳の水希の目には、病院が確かにぐらぐらと揺れるのが見えた。
外から目に見えて判るほど揺れているなら、中はさぞかし大変なことになっているのでは、と水希は祖母の事を心配して、受付ロビーへ入っていった。
 病院の中はまさに騒然としていて、玄関から入ってきた異様な身なりの女の子のことなど、誰も気にかけることはなかった。
正面奥の廊下では、点滴スタンドを従えた患者が三人いて、中の一人が指差す天井の亀裂を見ていた。
ロビーのかなりな部分を、長椅子の列が占めている。受付と会計のカウンターに向って整列し、老人達がバスにでも乗っているように座っている。午前中ならほぼ満席だが、今は暮れ方で、空席が目立つ。それでも、帰らずにいる人が多く、いつもならもっとお行儀がよいのに、身振り手振り大きく語る男の周りに集ったり、落ち着きなく首を廻らせたり、意味もなく立ったり座ったりを繰り返す者もいた。覚束無い指先で携帯電話を開いている年寄りたちもいて、彼等はまるで自分の位牌を覗きこみ、そこに記された戒名に魅入られている人々だった。
そのなかで病院の職員の動きは、際だって素早い。水希の目の前を看護師が小走りに通り過ぎ、手を高く挙げておいでおいでと振って、向うにいる別の看護師を呼び止め、一緒に並んで去っていった。
白衣の医者がロビーの一角を斜めに横切ると、気づいた老人達がお喋りを止めて、じっとその後ろ姿を見送った。ある老婆は、長椅子の端に座って、看護師が通り過ぎる度に手を差し出して呼び止めようとするのだが、誰にも相手にされず、不安そうな潤んだ目を水希の方に向けた。
明らかに事務方の職員だと判る男達が、バラバラと通り過ぎていく。彼等は、ネクタイを締め、サンダル履きで、ロビーの老人達と目を合せないようにした顏に困惑と緊張感が読み取れる。おそらく、この異常事態に非常呼集がかかったのだ。これから会議が開かれ、対策が話し合われるのだろう。
水希は、ロビーの隅をゆっくり迂回して、真子の病室を目指した。
ロビーを挟んだ向こう側から始まる廊下の奥に、水希を見つめる視線を感じた。乱れた銀髪の女の患者がいたような気がしたが、誰もいなかった。その廊下の奥は、ロビーの騒がしさが馬鹿げて見えるほど、空虚に静まりかえっていた。

続きを読む


祖母と孫娘〈八〉 [小さな話]

〈八〉

 ちょっと調理室へ行ってみよう、と柳田は思った。森川美智子の死について、情報が欲しかったのである。あの女が死ぬなんて、全然信じられなかった。柳田が立ち上がると、寺本が口を開いた。
「おいおい、どこへ行くとですか?」
「調理室へ。ほら、森川さんの事ば聞こうと思って。」
「ほお。そうですか。俺は、また、おかしな婆さんと乳繰りあいに行くのかと思いましたよ。」
柳田は動揺した。
(こいつ、どこまで知ってるんだ?)
「何のことかな?アッハッハッ。冗談上手かね。」
「勘違いならよかばってん。」監視モニターの光が眼鏡に反射して、寺本の表情が読めない。
「十分くらいしたら、戻る。」寺本の返事は無かった。
柳田は、久美子と居るところを誰かに見られたのか、と考えた。しかし、いつも久美子を痛めつけるときは、周りに人がいないことを確認している。誰かに見られることはないはずだ。監視カメラは言うまでもない。とすると、久美子本人が話したのか。柳田の顏が強張った。
(あの女、喋れないふりをして、本当は喋れるのか?俺を騙してるのか?俺を馬鹿にしてるのか?)怒りが柳田の頭をぎりぎりと締めつけた。(ふざけた真似ができんごて、あの女にとどめば刺してやらんばいかんね。)久美子にとどめを刺すという考えは、柳田を面白がらせた。どんな風にやるかと、手がむずむずしてきた。しかし、その興奮も、久美子への暴力が人に感づかれているかもしれないと思うと、冷水を浴びせかけられたように萎びてしまう。懲罰の不安が柳田を焦らせた。(しばらくの間、大人しくしていたほうがよかろうね。ほとぼりが冷めるまで、久美子には近付かんでおこう。その間に誰がどこまで知っているのか、調べてやろう。寺本の様子からするに、俺が久美子を痛めつけとるとは思っとらんようだ。他に知っとるやつがいるとしても、同じようなものだろう。そうしたら、それは放っておけばいい。後は、久美子の奴が喋れるのかどうかを確かめんとな。喋れるとしたら、とどめの刺し方も変ろう。ふん、誰にも邪魔はさせんばい。被害者はこの俺だ。ひどい目にあった者が、その復讐をして何が悪いとや。寺本達ごときに正義がわかるわけない。久美子は俺のものだ。俺が自由にする権利がある。)
柳田にとっては、損失の賠償が正義で、その担保が十五年以上に及んだ久美子との結婚生活であった。だが、十五年間どうやって暮らしたのか、語ることはできなかった。久美子がどんな顏をしていたか、どんな会話をしたか、二人でどこへ行ったか、何を楽しみとし、何を願って日々を送ったか、それらが一切記憶に残っていない。夜、布団に入るとき、ちょっとシーツがひんやりする感覚だけが、何故か甦る。柳田自身は、十五年間の記憶が空っぽであることついて何の感慨もない。(月日が過ぎるのは早い。光陰矢の如し、たい。)と、常套句を吐いて事足れりとしている。
しかし、そんな無に等しい年月でも、柳田にとっては権利を主張できる担保だと思えるのである。さらに小林久美子と結婚していたということは、久美子に対して自分の「実力」を行使する権利も保証する、と思えた。つまり柳田にとって、結婚というのは他人を自分のものにする、世の中公認のお買い物だったのである。
そのお買い物は、手酷いやり方で破綻した。
それを償わせて何が悪い。俺が被害者で、その被害を補償してもらうんだ。柳田はこう考えた。久美子に対する暴力については、人の与り知らぬ自分だけの補償方法、これでも控え目な、ずい分と譲歩したやり方だと思って、罪の意識は少しも無かった。暴力が自分に与える興奮についても、柳田の目には見えないのであった。
だから柳田にとって久美子を痛めつけるのは当然のことをやっているだけだが、問題は、(寺本も含めて)他の奴等だった。深津市に居場所がなかったように、奴等は柳田のやっていることを目敏く見つけだし、難癖をつけて、糾弾し、罰しようとするかも知れない。何故彼等に柳田を懲罰できるのか、説明はできなかったけれども、それが世間というものなのだ、と柳田は自分自身を納得させようとした。
(でもな、そうそう良いようにはさせんちゅうことばい。寺本の奴を見てみろ。あいつ等は大方間抜けときとる。そこが付け目たい。世間の奴等をだしぬいて、当然の権利を行使させてもらおう。)
そこまで考えると、ようやく気が晴れてきた。すると、久美子にとどめを刺す事だけが残った。また手がむずむずしてくる。
(虫けらのようなあの女に、どうして俺を騙すなんてことができるのか。ふざけた話ばい。最近は、殴っても、なんか汚らしいような気がする。手が汚れそうだ。あんなにボロボロになったら、そろそろお払い箱ばいね。)
 その時、ちょうど駐車場へ向う廊下を通り過ぎ、駐車場のドアが閉まって、誰かが廊下を渡ったのが見えた。見覚えのある背格好だった。

続きを読む


祖母と孫娘〈七〉 [小さな話]

〈七〉

 「そう言えば、森川さん、お休みですかね?」携帯をいじくり回していた吉野が真子に話しかけてきた。
「あら、そうねえ。お昼の時、森川さんじゃなかったねえ。」真子の返事は明らかに上の空だった。
「昨日、早退したんですよ。具合でも悪かとやろか。」後の方、吉野の口調は独り言に聞こえた。
「女の人は、色々あるとよ。」独り言に独り言で答えたようなやり取りがおかしくなって、吉野は少し笑った。
「ふふふ。看護師さんに聞いてきます。」
吉野の足音がぱたぱたと遠ざかる。
吉野が自分の様子を見ていたのをぼんやりと意識しながらも、真子は心を占めるものから注意を逸らすことができずいにいた。
縺れあい、絡みあったひとつの不安。溶き解せば、すべて一本の糸でできており、それがぼんやりとした核につながっている。
真子は胸の内で呟きはじめた。
(用事も無いのに、孫の水希を家へ送り出した。私はそれを直視することを避けているが、私の別の部分が、着々と準備をしている。私がそれを認めようとしないのをいいことにして、私の別の部分はどんどん先へ進んで行く。別の部分は、囁く。「これがお前の宿命というものよ。受け入れなさい。成すべきことを仕遂げるの。」
でも、結局のところ、その先に何があるのか、誰も知らない。私の別の部分も、知らない。準備をして、身構えても、何をどうするべきなのか、どのように行動するべきなのか、少しも分らないのだ。行動?足の折れた老婆がどんな風に動けるというの?
ああ、これでは、駄目よ。もう一度、始めから。
私は、水希を家へやった。木裏町の、私の家へ。認めましょう。私は、水希を囮に使ったとよ。もし、私の不安が当っているなら、「あれ」は、私を探しているでしょう。そして、水希に誘き出されて、私のところに来るに違いない。あるいは、もし私が、途方もない馬鹿な心配をしているとするなら、すべて何事もなく、あるべき処にあるべき物が納まることになる。だから、どちらにしても、今のところは何も問題ない、ということ。
よかよか、これでよか。一歩前進。
もう勘弁して欲しいというのは、本当のところよ。私は疲れている。これは私には重過ぎるんやないとかね。一人きりで、どうしたらいいのか、見当もつかない。お兄ちゃんがどうやって決着をつけたのか、それを知らんとやもん。)
真子は、浩孝がどのように決着をつけたのか、その手掛かりを求めて、そもそもの始まりへと記憶を遡っていった。

続きを読む


祖母と孫娘〈六〉 [小さな話]

〈六〉

 翌日の朝遅く、水希は祖母の病室に現われた。真子は、ベッドの上で本を広げていた。
「よく眠れたね。」
「ごめんね、寝すぎちゃった。」
「よかよ。疲れたんだろ。ホテルはどうやった。」真子はにこやかだった。
「すごくいい部屋。」
「ふふふ、吉武君にお礼を言っとこう。」
「吉野さんは?」
「あら、途中で会わなかったね?新聞を読んできますって、さっき出て行ったけど。」
「そうなんだ。やっぱり、暑いね~。」水希は、胸元で手をひらひらさせた。真子が団扇を取って渡す。
「そりゃ、九州だもん。ホテルから歩いてきたとね?」
「うん、そう。アーケードのところを通ってきた。」昨晩の夢とも現実とも判然としない出来事を確かめたかったのだ。腐りかけの桃があった果物屋は確かに存在したが、シャッターが降りていた。水希は昨晩の事を真子に話そうとは思っていなかった。
「ずいぶん遠回りしてきたね。」
「けっこうお店が閉まったままだったけど。なんだか寂びれた感じね。」
「そうよ。近頃はあちこちの店が閉まっとるのよ。景気が悪いからね。」
「ああ、ここも不景気なんだ。どこもかしこも不景気だね。」
「なんで不景気かわかる?東京の方はどうか知らんけど、この辺りが不景気なのは、年寄りばっかりになったからよ。」
「あ、そうか。街を歩いている人は少ないのに、ここの病院はお年寄りであふれかえってるもんね。」
「そう。私のような年寄りばっかりになったら、物を買う人間がいないから、商売が成り立たないの。それで、どこもかしこも閉まってしまいよる。そうすると、仕事が無くなるから、若い人がどんどん都会へ出て行ってしまって、ますます年寄りばかりになる。今は、新幹線や飛行機が速く安くなって、そんなに苦労しないで移動できるから、若い人たちも出て行きやすいのね。道が通りやすくなると、少しでもにぎわってる所へ人が集って、その集まりがもっと人を呼び寄せて、どんどん大きくなると。そのかわり、その他のところは、寂れる一方よ。その内、寂れたところが殆どになって、その合間に人が無闇やたらと集った所がぽつぽつとあるようになるよ。でも、その人が集った所もいつまで続くかねぇ。蟻の巣とかを見てごらん。大きな巣ほど内側からすかすかになって行って、しまいには、ばらばらになりよるとよ。集るといっても、面積とのかねあいがあるようだねえ。限度を超えると、自然と崩れるんやなかろうか。」
「おばあちゃん、預言者だね。」真子が面白そうに笑った。
「そもそも、なんで年寄りが増えたかというと、食べ物と医療よ。おいしい食べ物がどこでも手に入るからね。」
「九州はもともとおいしい食べ物がたくさんあるじゃない。」
「採れるところでは、ね。むかしむかしは、あたしが住んでいるあたりなんか、そんなにおいしい物はなかったとよ。お米いがいは。それが、道を通って、全国各地、四季折々のおいしい物が手に入るようになった。それと、どんな食べ物が健康にいいのか、という情報も届くようになったよね。こっちの道は目に見えんけど。医療も同じことじゃないかと思うよ。お医者さんの知識と技術と薬も、病気の情報も、道を伝って、いろんなところに届いたんだ。食べ物と医療が、目に見える道と見えない道を通って、色んな人のところへ届いて、それで、こんな九州の田舎でも人が長生きできるようになったわけ。それが、そもそも老人が増えるようになった理由。」
「よかったね。長生きできるじゃん。」真子は目を細くして、水希を横目で見た。
「そうかね?長生きは良いこと?年を取ることは良いことかな?わたしには分からん。」真子が小さく息を吐いた。水希はその顏を見守った。
「年寄りを増やすことになった道を最初に通ってやってくるのは、情報だろうね。その情報が、人を集めるのよ。道ができるということは、そこから出て行きやすくなるという面もあるとて。」
「お年寄りを増やした道で、若い人が外へ行ってしまった、ということ?」
「その通りだろうねえ。通りが良くなると老人だけが増える。」
「風が吹くと桶屋が、の話みたいね。」
「屁理屈ばあさん、と思いよるやろ?」水希が吹きだし、真子もからからと笑った。
「おばあちゃん、良くそんなこと考えられるねぇ。」
「こうして一日中ベッドの上におって、時間があまってるのよ。ほれ見てごらん、しわくちゃ婆のところにもいろんな情報がやって来て、いろいろ考えさせてくれよる。情報が通るのは、見えない道。その道は、場所を通るのではなくて、人と人の間を通る。情報がたくさんやって来るということは、人と人の間も道がたくさんできたということなんやろうね。」
「インターネットとか携帯とか。」
「その道を使えば、あちらこちらで、いつでも、どこでも、誰かに繋がって、その気になれば、知らない人とも巡りあえる。水希は、出会い系サイトやらを使ったことはあるとね?」
「え?ない、ない。怖いよ。」水希が大きくかぶりを振る。
「あんたは、少しおくてじゃないと。」
「みんなこんなもんだよ。」
「ふーん。…でも、時々怖くなるよ。」
「何が?」
「人と簡単に繋がることができて、たくさんの情報を手に入れることができるから、いろんな事が分って、遠くまで、はっきり見通せるような気がするけど、一歩外へ出てみると、老人ばっかり。山と山の間、森と森の間に老人だけがちらほら居る様子を想像してごらん。何が起っても、誰も分らんよ。殺されて、山の中に捨てられても、誰にも分からん。いつの間にか、分らんことばかりに周りを取り囲まれてしまった、と思うと怖い。冗談じゃないよ。この間も、鬼瀬で、…鬼瀬って知っとる?」
「おばあちゃん家の近くでしょ?」
「岩戸を越えた向うね。そこで、小学生が殺されて、犯人が見付かっとらんと。警察は野犬の仕業て発表だったけど、みんなは違うんじゃないか、て噂しよる。」
「えー、怖いね。」
「うちの辺りは大丈夫よ。岩戸は越えられんからね。」水希は、何が越えようとするんだろう、と不思議だったが、真子に訊きそびれてしまった。

続きを読む


祖母と孫娘〈五〉 [小さな話]

〈五〉

 さすがに二度続けて揺れると具合が悪かった。
「なんばしよるとやろかね。ちょっと見てきますわ。」柳田は立ち上がって、懐中電灯を手にした。指示があったわけではないが、これだけ揺れれば、警備として様子を見るのは筋が通っているだろう。
「おお。」寺本は、頭の後ろで手を組み、そっくり返って椅子に座ったまま返事をした。
(動かん奴。)柳田は警備室を出る時、もう一度寺本の様子を確かめた。監視用モニターの光が眼鏡に青白い帯を映している。四台のモニターを寺本が見ているわけがなかった。この広い病院で四台の監視カメラでは、そもそも役に立たないのだ。寺本は、柳田にとって扱いやすい同僚だった。体を動かす仕事さえ代ってやれば、こちらには一切関心を示さないでいてくれる。特に夏は、冷房にしがみつかんばかりに警備室から動こうとはしない。見えている腕は筋肉が落ちて、皮膚がたるんでいる。
(あんなに動かんなら、老けるのも早いぞ。)柳田は、自分の上腕の力瘤をさすった。ジムに足繁く通っているので、体が衰えた感じはしない。同年代の寺本を見ると優越感がくすぐられる。
 市役所から来た連中は、地下一階の霊安室の並び、用度の倉庫のさらに奥の機械室にいるはずだった。エレベーターを降りると、右手に調理室、洗濯室、正面に放射線治療の部屋が並ぶ。森川美智子のことを思い出しながら調理室を覗くが、夕食までは間があるので、人影が動く気配はない。放射線治療室はどれも人がいないらしい。突き当たって左に折れると、解剖室、霊安室と並び、ひとつ置いて機械室の扉が開いているのが見えた。
中に入ると、埃臭い。空調や電源の設備が、役に立たなくなって放り込まれたという表情をしている。片隅に真っ青なポリバケツがあって、乾ききった雑巾がその縁にかかっている。部屋の一番奥まった空間に、スタンドが立てられ、ライトで壁が照らされていた。その壁には、床から腰の高さあたりまでの鉄の扉がとりつけてあった。それが向う側に開いて、ライトの光が射し込んでいる。柳田は腰を屈めて、扉から声をかけた。
「こんちは。」返事がないので、一段と声を張り上げた。「すんませーん。警備の者です。」

続きを読む


祖母と孫娘〈四〉 [小さな話]

〈四〉

 腿の上に置いたものを、真子は凝視めていた。
いったい、これは、何だろう。七十歳の谷口真子の手だ。手と首筋の年齢はごまかしようがない。れっきとした老婆の手だ。黄ばんで、張りがなく、皺が寄り、骨が浮き上がっている。鼠の糞の跡のようなシミが散らばっている。これが自分の手かと驚くのは、何度目だろう。白雪姫に毒林檎を渡す魔女の手だ。じっと見続けると、異形のものにも思えてくる。
孫娘の手は、シミも皺もなかった。白くて、しなやかで、雄弁で、手そのものに表情があった。もし自分が若い男で、水希の手に触れたなら、地上から五センチは浮かび上がるだろう。それは、瑞々しく、無防備で、無頓着で、自分が何も掴んでいないことも一向に気にしていない。
それにひきかえ、この老婆の手ときたら、何かを掴まなければ怖くて怖くてならないので、かさついて、強張っている。こんな手に触ったら、若い男は、悲鳴をあげるに違いない。そうだ。この手は、掴まって握りしめていなければ、居ても立ってもいられないのだ。にもかかわらず、関節はきしんでいる。力は衰えてしまった。どんな花弁も崩さずに包む自信があった優雅さは消え失せ、潤いは去った。役にたたないスポンジのように、べったりと腿の上に投げだされている。
忌々しい、忌々しい。年を取るということは、実に忌々しい。それは、気付かぬうちにやってくる。少しずつ、人が捉えられぬリズムで、誰かれも容赦なく喰らいつき、時間という溶解液に人の肉体を浸し、取り崩していく。その絶え間ない執拗な流れを、人の心は聞き取ることができない。人の心が感じることができる物事の世界の、壁を隔てた向こうで、年を取ることはその仕事を推し進めている。砂色の時計職人のように。
しかし、それはそれで結構なことなのかも知れない。年を取っていくのが、一分一秒、刻々と見えてしまったら、人は気が狂ってしまうのではないだろうか。じわじわと己れを蝕む時の魔に、愚かにも慣れてしまえるから、人は平気な顏をして生きていけるのではないか。自分には老年などやって来ないぐらいの呑気さで、段々と干涸びていく手を、毎日見ているからこその慣れによって、自分のものとして受け入れる。慣れて、老年を受け入れるのだ。
 言うは易し、ね。真子は手を握りあわせた。

続きを読む


祖母と孫娘〈三〉 [小さな話]

〈三〉

 水希は、真子が四人部屋で、しかも若い男と同室と知って驚いた。個室だと思い込んでいたのである。この病院は、街の規模にしてはだだ広い。受付前のロビーは老人で溢れかえっているが、入院患者の数は少ないのだろう。受付から真子の病室に至るまでには、空き部屋が目立つ。それなのに、わざわざ相部屋にすることもないだろうに、と水希には不思議だった。
「吉野君のことは、気にせんでもいいよ。ね、吉野君。」水希の戸惑いの先を行くように真子が言った。
「お婆ちゃん一人じゃ、心細いから、男の人が一緒のほうがいいのよ。ボディガード代わり。頼りにはならないけど。」
「ハハハ。」屈託がない笑顔の標本にでもなりそうに吉野が笑った。「バイクで転んじゃって。」腕のギプスと頭の包帯をかわるがわる指差す。バイクの事故で、腕を折り、頭を怪我したと言いたいのだろう。顏が耳まで赤い。
「腕の骨折ぐらいなら、入院せんやろうけど、頭も打ってるからね。頭蓋骨が少しけずれたのよ、ね?」
吉野は、水希が口に手をあてて笑いを堪えているのを見て、さらに顏を赤らめた。
「ま。顏が赤いよ。熱でもあると?それとも、いよいよ頭がやられたか。」水希は爆笑した。
「谷口さんにはかなわーん。ちょっと散歩に行ってきます。」吉野は熱くなった頬に手の甲をあてながら、病室を出ていった。水希たちに気をつかったのだろう。
「お祖母ちゃん、意地悪だねー。」
「今時の青年にしては、可愛げがあるよね。フフフフ、よかとよ、よかと、よかと。」意地悪と言われて、真子は少し嬉しそうだった。
 「どれ、お祖母ちゃんに顏をよく見せて。綺麗になったねぇ。」真子は会う度にそう言うのだ。それに、そんなことを言うのは真子だけだ。だから客観的評価ではないというのは承知しているが、言われて悪い気はしないから、水希は少しくすぐったい。でも、真子が自分を見て目を細め、晴れ晴れと笑ってくれるのは嬉しい。
水希に言わせれば、「綺麗」なのは真子のほうだった。真子を見ていると、「綺麗」とはずいぶんと奥行があって、複雑で、繊細で、光が届かない深みも抱えているものなのだ、と感じる。遠くから眺めると、その形の良さがきらめき、近寄れば、頁の中に頁が隠されているように、その表面から、読み解かなければならない豊さが繰り広げられてくるものなのだ、と思う。
誰もが簡単にうなずくような美人は、探せばいくらでもいるだろう。
街中で美人を探すのは、水希の楽しみのひとつだ。砂浜で一番良い桜貝を見つけるように、街中で行き交う女の人の顏をつぶさに見て、美人を探しだす。見つけた時、千佳が一緒なら、すぐ教える。「ほう、ほう。確かに。」と千佳も同意してくれる。時々、「うわ、カワイイねぇ。」と千佳が言うことがあるけれども、「カワイイ」と一言で一緒くたにされると、買い物籠にお芋とパンと味噌をつっこんでかき混ぜたようで、がっかりする。悩ましいのは、独りの時だ。見つけた美人が、美人であると語られないと、悲しくなってしまう。できることなら、挙手して、人々を立ち止まらせ、「この人を見なさい。美人です。」と宣言したいくらいだ。
そういう美人たちは、持って生れた素質の上に、それを土台としたイメージを釉のように被せ、ある人は控え目に、ある人は努力して、そのイメージが本当に存在するかのように振る舞っている。たいていの美人がそうだ。そういう意味で、みんな同じ枠の中にいる。
真子の「綺麗」は、その枠から外れた処に立っている。背筋をしゃんと伸ばし、でも力まずに、しなやかに、風が吹き寄せるのに耳を澄まして。真子が綺麗であるのは、一種の出来事なのだ。
水希にとって真子の「綺麗」は、遥かな海原の向こうから光を届けて来る灯台でもあった。いつか自分も真子のようになれるだろうか、と水希は不安に揺れながら、真子の姿に憧れていた。
だから、水希は真子のことを知りたかった。真子の「綺麗」を解き明かしたい。特に近頃そう思うのだ。水希は、多くを語らない真子が秘密を抱えている、と推測していた。その秘密が真子の「綺麗」と関わりがあるに違いない。

続きを読む


祖母と孫娘〈二〉 [小さな話]

〈二〉

 水希が深津駅に着いた時は、四時近くになっていた。
福岡空港から地下鉄に乗った。この地下鉄は、三十分ほど福岡市内を走ってから、地上に出てJRに乗り入れる。JRの路線は、左手に山並み、右手には人家の合間に海を望みながら深津駅へ向う。
海のことは不意打ちに近かった。よく知っているはずなのに、今回はすっかり頭の中から抜け落ちていた。小学生のころは、九州と言えば海水浴で、夏休みの楽しみのひとつでもあったのに、すっかり忘れていた。気がつけば、水着も持ってきていない。祖母の世話が目的だし、一人で海水浴もどうかと思うので、残念ということはなかったのだが。
列車が身をのりだすようにカーブにさしかかり、向いの窓一面に青い海原が広がった時は、「あ」と声を上げてしまった。水希の驚きを聞きとがめる人はいない。市内を走っている時は、座っている足を縮めなければならないくらい混んでいた車内も、地上に出る頃には降りる一方で、はぎとられるように人が減り、水希のほかは老人が三人だけだったのだ。
海の青は、緑に近いほど深かった。それほど高くない波が白い帯を繰り延べながら寄せる様子は、どことなく女性的な感じがする。冷房のために閉めきられた車内に波の轟きが届かないので、広がる海面は静まりかえって、その底に言葉をたくさん秘めているように見えた。ここの海は何か想いをずっしりと抱えてる、と水希は思った。
深津市街に近づくにつれて、一駅ごとに老人たちも降りてしまって、終点の深津駅に着いた時は、水希ひとりきりで貸切状態だった。海の驚き、それに加えて列車が貸切のようになったことで、水希は得をした気分になっていた。途中でiPodさえ壊れなければ、パーフェクトだったろう。iPodは振っても叩いても起動せず、ディスプレイが暗い灰色の石の板となっていた。機械はいつも、何かがどこかしら故障している。すべて完全にうまく動いているほうが珍しい。
 駅のプラットホームに足を降ろすと、ほーっと息をつくくらい暑かった。ホームを見通すと、パラパラと降りてきた人たちが、階段へと向っている。深津駅は高架の駅なのに、そよ風ひとつない。かわりに四方八方からセミの鳴き声が聞こえてくる。聞こえるというよりは、降りそそぐ。
改札を出るとき、中年の女性とすれちがった。九州の女のひとは、着ている服の色合いが少し違うなぁと思っていると、向こうもこちらを見ている。中肉中背の丸顔の女で、頬骨のあたりに照かったおまんじゅうを二つのせているように見える。眉間に切り傷に似た皺が刻まれているが、年相応なのだろう。「あらー」と今にも言いだしそうな表情で、水希のほうをしげしげと見ていた。今日はよく凝視められるけど、顏に何かついてのるかな、鏡でチェックしないと、と思いながら、水希は駅を出て、真子から送られた地図を片手に病院へ向った。もう汗が浮かびだしていた。

 「ありゃ、今日は早いね。」

続きを読む


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。